指導は誰にでも出来るわけではない②

前回

指導は誰にでも出来るわけではない

の続き

そもそも なんで演奏と指導を半々にしたかったのか。 演奏する事は好きだけど、 元々は指導者になりたかった。 学校や部活動の。 小学校の時 何かにつけて 「鈴木さんは父親が居ないから」 と言って、 率先して全てを私のせいにする いつもいじめの対象へ持っていく 担任がいました。 中学校の時 マリンバを習い始めて 音楽大学に受験すると決めた時、 「あなたがプロの音楽家になんて なれるわけないじゃない。」 と小学校から習っていた ピアノの先生が居ました。 小学校の時 「あなたに打楽器が向いているわ」 と、死にたいとまで思っていた私に 音楽の道を切り開いてくださった、 吹奏楽の顧問がいました。 中学校の時 「小学校の担任のことは 俺が同じ教員として許さない。 だからお前はもうその事から離して、 今の自分の人生を楽しむんだ」 そう導いてくださった 吹奏楽の顧問がいました。 なので私は前者の先生方のように 人の道を閉ざすような 人ではなく、 後者の先生方のような 人の道を 教え導く人になりたい。 そう志しました。 私の根底には いつも その思いが流れています。 なので、 特に子供たちの 学校や部活の悩み、 進路相談になると、 何が正解かとか、 周りと同調していくとか、 そんな事は置いておいて、 どう今生きたいか どう演奏したいのか 常にその事を 真剣に話し合います。 結局、周りは関係無くて、 自分がどうしたいか。 それが最も大切で、 私はマリンバの先生だから、 直接何も手を出してあげることは 出来ないけど、 音楽を通して、 人生の何かのキッカケになったり、 喜びにでもなれたら、 それは技術を習得する以上に 幸せな事なのかなと思ったり。 学ぶということは、 何かを得るためにするのではなく、 経験していく過程での気づきが 一番大切で、 結果は後から付いてくると思っています。 なので指導者に重要なことは、 生徒さんと一緒に 学ぶという姿勢なのかなと思っています。 写真はハンドベル教室の 生徒たち。 カーヌーンとスーツケースを持って、 レッスン後、名古屋へ向かう私に 「手伝おうか?」 と声をかけてくれる 小さなすみっこぐらしたち。